平成30年度アニメ感想

 ぐずぐず観てたら年号が変わっていたので、なんぞ上手いこと言えなければアニメの文章書いても詮無い、という退屈な理性を殺すべく、乱暴にまとめておきます。

 

 時代の狂騒の申し子たる美少女ソシャゲ原作の上に衒いなさすぎるパロディを全面的に展開し、崩壊と倦怠とナンセンスの毒沼をもって平成オタ文化の思い出に唾を吐く本編が終わった直後、本編とは似ても似つかぬ白濁液ハイライト特盛りのpixivハイランカー的肉質が踊り狂うエンディングが流れ、その落差に眩暈と恍惚を覚えてしまう作品でした。

 崩壊と精液という時代精神の両極を、これ以上なく露悪的に表象しています。

 汚辱に塗れた娼婦との閨でのみ掴み取られる何かがある。別にないかもしれない。

 最悪のジャンクにしか魂を賭けられない根無し草が、一切の救いを拒絶しながら胸を張るためには、ジョルジュ・バタイユを信じるほかなかった。そういうオタ体感を裏付けてくれる、平成の鬱の墓標です。

 糀谷智司プロデューサー率いるproject No.9は、『ロウきゅーぶ!』『モモキュンソード』『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』『天使の3P!』『夢王国と眠れる100人の王子』などすごいアニメばかり作っている会社で、『最近、妹のようすがちょっとおかしいんだが。』もここだったかよと思い出しますと、あれは青山裕企監督の映画版まで友達と観に行ったほどの大ファンであるとともに、VRエロゲを買って毎日3,4回ぐらいメイドさんに搾り取られて完全に鬱になった後年、インターネットのCharming Do!なラジカルフェミニストさんおすすめの精子を殺す薬物や貞操帯の購入を真剣に検討した時期があり、おれも叶うならばTST(貞操帯)を装着して小倉唯声の美少女幽霊にBINKAN♡あてんしょんされたかった、というか実際そんな感じの脳髄セックス現実に燃え尽きてしまった平成でした。

 

 旧弊な暗黒中世観のファンタジー世界を近代主義でノリノリに啓蒙する『まおゆう』に嫌悪感を覚えて以来、ネット小説の感性とは一定の距離を保っており、『Re:ゼロから始める異世界生活』のハイブリッドぶりや『オーバーロード』の難解さには敬意を表しつつも、終わりの見えない『SAO』にはさすがに付き合う根気が持たず、『ゴブリンスレイヤー』は倉田英之氏の技巧ばかりが鼻につき、混淆著しいとはいえラノベ新人賞生え抜きの作品のが好ましい傾向にあります。

 ネトウヨとオタを等号で結ぶ政治的言説に自意識を晒す気はないので、『GATE』や『魔法科高校の劣等生』は苦笑でしか受け取れず、振り返れば早見沙織氏のアウラの凋落もお兄様から始まった気がしている、という立場も一応表明しておきます。

 死ぬほどステロタイプな憎まれ役の女性キャラが主人公に仕掛けたレイプ冤罪で炎上した本作に関しても、海外で売りたいなら真剣に批判されるべき、という認識ですので、そういうセンシティブな引っ張り方の作劇にげっそりしつつも観てしまっている理由だけ述べると、瀬戸麻沙美声のケモミミ奴隷や日高里菜声の怪鳥とピカレスク状況下でいちゃつくシチュに勃起してしまうがためです。

 クラスメイトにガン無視されながら高森奈津美声の眼帯美少女と二人きりで辛気臭くイチャイチャしているので『Another』は理想の学園生活を描いたアニメ、という立場なので、そういう回路で喜んでいます。

  『ナイツ&マジック』『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』『転生したらスライムだった件』あたりで派手派手に先鋭化してきた、転生主人公の一人称視点によるMMO調GUI演出も、本作は程よい按配に見易く収めてきた印象はあり、捻じ曲がった被害者意識を脱臭しきれない作劇の中でも、弓の勇者と剣の勇者がちょくちょく日和って主人公の肩を持つ瞬間はめちゃくちゃ笑えるので、頑張ってほしいです。

 

 KADOKAWAメディアミックスシステムという巨大な病巣に関しては、大塚英志氏を読んで戦時下の動員技術との連続性を認識し、不機嫌さを確保しておきたい気持ちが強い一方で*1ラノベ原作アニメの化学調味料バリ盛ったキャラクター快楽と馬鹿作劇への偏愛は骨絡みになって久しく、約5年ぶりに「まじ引くわー」しか喋らない月宮みどり氏に逢えて感涙したことを白状します。

  『To Heart 〜Remember my Memories〜』『らぶドル 〜Lovely Idol〜』『あかね色に染まる坂』『タユタマ -Kiss on my Deity-』『お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!』『CONCEPTION』で信頼著しい元永慶太郎監督はもちろん、岩崎良明作品の脚本でお馴染みな白根秀樹氏も確実に天才で、三石琴乃氏にアホすぎる前口上を喋らせて「終末×美少女」「エヴァっぽさ」を哄笑の世界へと開いてゆくスタイルには、一生付いていきたいです。

 こういうアニメの面白さを表現する際、通常の概念操作では「未知」の「ジャンク」で「笑いうる」ということしか記述できず、それ以外の何かとして称揚するのも不誠実である。そういう不可能性に付き合い続けたせいで、やはり笑いの至高性について思考したバタイユに惹かれざるを得なかった次第です。

 

 CG・コンポジットにも強いと思しき鈴木信吾監督がラノベ作家を脚本に起用し、異様にギトギトゴテゴテして脂っこすぎる撮影効果に乗せて、やけに登場人物と設定の入り組んだ異能バトルを好き放題に繰り広げる、Gohands流オリジナルアニメにまさか新作が来るとは思わず、こういう奔放な映像はどんどん増えてほしいです。

 前作にあたる『ハンドシェイカー』に引き続き、美男以外は流行を外したクセの強いキャラクターデザイン、長回しと背動の入り乱れる忙しすぎるアクションシーンを含め、強烈な奔放さに魅せられるばかり、最終回でラスボスが執事にお姫様だっこされて何となく丸く収まった風に締めたのも最高で、崔ふみひで氏-鈴木信吾氏のラインには『しゅごキャラ!』で思春期の性を支配された義理もあるなと振り返られました。

 

 ウェディングドレス全着ヒロインズの多幸感全開ビジュアルといえば『この中に1人、妹がいる!』ですし、女性声優の合唱曲を聴くと全細胞が悦びに打ち震える生物なので、「喜びも」(あっ)「悲しみも」(ああっ)「あなたさえ」(……)「五等分なんです」(射精)という流れで毎回ため息が漏れ、伊藤美来氏演じる中野三玖氏が完璧な生物すぎる救済です。

 「全員同じ顔立ち」という設定と「全員雑に乳がでかい」ビジュアルは嫌味だと思うのですが、欲望の対象を平板にただ分割すること、ヒロインの単なる複数性、という単一のエロゲでメイドさんを量産し抜き続けている自分にとり嫌すぎる本質を、手塚プロダクション元請の古風なコメディタッチでベタベタに突き付けてくる、この苦渋と優しさが相混じる養生食にはグニャグニャした気分になり、大嫌いと大好きの間で変わり続ける心に折り合いをつけるべく文章を書いています。

 

 統計学超自我に主体の価値を全委託する「いいね!」地獄を光と音の洪水でパチスロばりに演出する新シリーズは、絶対にバズらないVtuberを始めた人間として大変しんどく、ただそれは時代の狂気の最底辺で人類に対して中指を立てるためにやっていることですから、狂人が女児アニメに教育的配慮を問うなどという愚は、プリパラロスの鬱と一緒に笑い飛ばしました。

 雑駁な絵作りにチューニングする時間はかかったものの、30話あたりで情が湧き、とりわけドロドロに溶けたドロシー声のおしゃまトリックスがめちゃくちゃかわいいのですが、ミリシタの横山奈緒氏(渡部優衣)で妄想オナニーするたびに「おれはプリパラの影ばかり追っている」とへこむことしきり、どころか『プリティーリズム』から再登場のあいらさんとは7年来の付き合いかと絶望し、「服の声」「コーデの声」という面白ワードが極めて切実な神秘主義フレーズとして回帰してきたオタ余生に震撼しまくる視聴体験でした。

 プリパラ劇場版の記事は佐藤監督が反応してくれたのが嬉しかったです。

 劇場版はライブシーンだけ連続して多幸感があります。スタッフロール画面の左端と右端に秒単位で代わる代わるランウェイしてくる人工身体の大群を、右へ左へと眼球を運動させながら名前までちゃんと認識しようと頑張って観ていると、結構な眩暈があるので皆さんもお試しください。

 

  文化ジャンキーが現場の重みを超越へと直結してしまうのはよくないので、ちゃんと凝視できずにながら見してしまった作品に関しては、「このアニメに敗北した」ということを明言します。私は閃乱カグラに敗北しました。

 もうひとつ敗北した話をすると、童顔巨乳表象に性を支配された人間としては、原作シリーズはコンシューマで売るのはそろそろ邪悪と思っており、マイルドポルノをハードコアにポルノとして消費すること、要は二次創作ではなくコンテンツ自体でオナニーすることにより、身をもって悪を悪として生き抜きたい気持ちがあります。

 なので海外勢による体型変更Modで乳や尻を膨らませたりテクスチャを差し替えたりするわけですが、VRエロに慣らされた身は絶頂に至らず敗北し、せめてゲームの肉質がアニメで融解する様を見届ける責任だけはあると頑張って観たのですが、あとマルドロールちゃんのぱっつん前髪はもともと八重樫南氏デザインのコラボキャラクターが付けていた前髪パーツなので、この精液は我が骨髄に染みています。

 

 敗北しました。金子志津枝氏は『彼女がフラグをおられたら』『恋は雨上がりのように』EDなどのガーリィな水彩調に悶え死ぬので、ここまでポルノに全振りしたラノベ原作のキャラデザをやられると落差の罪悪感で死にます。現今オタ文化との連続性を否認することで少女漫画的感性を特権化する心性があまりよくないのは分かっています。

 単品での射精可能性が高いデザインなのだから、こちらもアニメ自体で射精できればしたいのですが、淫肉を揺らして喘ぐ芹澤優氏の頑張りがかえってつらく、おれは『プリパラ』の影ばかり追っているとへこみます。

 

 伊藤美来黒沢ともよ吉田有里豊田萌絵田所あずさという全ボンクラを殺すハローハッピーワールドから、エヴァとシュタゲのカバーでおなじみ本格実力派バンドRoseliaまでが続々と新参戦、バンドシーンの小手先と女子高生の掛け合いという欲望の切っ先にブシロード資本が賭けられたフルCGアニメーションには「なるほど」感ばかり先行し、大槻監督の1期のが刺激的ですが、伊藤美来氏のアニソンカバー楽曲で脳を射精させ続けている人間には、耳馴染みが良いだけの退屈なガールズロックにケチをつける資格すらありません。

 ソシャゲ版では何かにつけてチョココロネのことしか喋らないりみりん氏の発狂が、ラキスタの神話を殺害してくれたのは嬉しかったです。

 

 敗北しました。ブシロードはバンドリの裏でこんなアニメを西村純二監督に作らせています。Pastel paletteが歌うOPは楽曲もデザインも今風で異様に楽しそうですが、本編は『planetarian』のようなプラネタリウムの廃墟で瞳の形状が独特な人魚たちが昔の映画を観続けるみたいな話で、ベンヤミン的憂愁を湛えた『ARIA』メソッドなアンビエント風趣はさておき、突然「イマジナリーラインというのは……」とアニメで映像文法の解説を始めたのでやめて!!!!!!!!って思いました。最終回はなんか人魚たちがアイドルになっていました。ベンヤミン的憂鬱を資本に回収しないでください。

 

 その『planetarian』ですが、若い頃は鍵ゲー感性を切断処理しながらオタをやっていました。『Rewrite』のアニメ版は死ぬほど笑えるエロゲ感性大爆発の原作を『グリザイア』スタッフが保守的ねっとりファンムービーにしやがって大変遺憾、という最悪の原作厨体験をしました。

 絶滅間近な人類の救済を、死んだ人形の面影に託すのはもう無理かもしれません。インターネットに広がるポストヒューマンたちの悦楽の宇宙と、主体の内にこびりついた人間性という幻想の残滓を、みんなどう統合しているのかなと思います。錯乱した精神の星座的布置を天上へ投影するのにも疲れており、自らの狭隘なフェティッシュという地獄に留まっていたいです。

 

 TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDの軽快なテクノポップをバックに難解な固有名詞が頻発するバトルラブコメが煮詰まりに煮詰まって、何がどうしてそうなったのか一切分からないままお洒落な音楽に合わせて美少女が服を脱ぎ続けていくというクラブでキメセク的なドラッグムービーになっていました。

 前回の劇場版も上映後わりとすぐにdアニメストアに降りてきた記憶があり、知り合いを呼んで上映会をしましたが、あまりのジャンクさに絶句して気まずくなった憶えがあります。昔電撃文庫のイベントか何かで、映画館の巨大スクリーンで『乃木坂春香の秘密』のダンスEDを鑑賞し、あまりのド迫力にチビりそうになった記憶もあります。

 

 敗北しました。デザイン的に『IS』みたいなラノベ原作ラブコメなのかと、同時期の『ガーリィエアフォース』と一瞬区別がつきませんでしたが、実際はエロスーツで殴り合うキャットファイト寄りのDMM原作エロをふんわりSF的フラット感で誤魔化した一作でした。この題材ならもっと泥臭く、『VENUS PROJECT -CLIMAX-』や『絶対衝激 〜PLATONIC HEART〜』は無理でも『世界でいちばん強くなりたい!』ぐらいは期待したかったのですが、緑髪ゴーグル萌え袖白衣の水橋かおり氏を目で追い続け、わりと満足しました。

 

 設定の近いシチュエーションコメディでは『カガクチョップ』のキュートスプラッタが怖い深化を続けているのもあり、伊藤美来氏のお歌はさておき、セクシュアルなネタを頑張っておっ被る芹澤優氏の熱量と鈍感男子のサイコパス感の不均衡は座りが悪く、ヤングアニマル系列原作のエッジ立ったコメディが小奇麗に処理される傾向には、『あそびあそばせ』なども併せて乗り切れない気分があります。

 

 陵辱エロゲ感漂う電気式華憐音楽集団のOP、チープとアングラが馴染みよく同居した青年漫画デザイン、山岸凉子的なバレエダンサーの愛憎劇、びっくり箱とどんでん返しがしっかり盛られた能力バトルと、中国アニメのほうが新鮮なバランスで楽しいという問題が最近あります。言いながら『霊剣山』の2期は普通に出来が良くなりすぎたり、『軒轅剣・蒼き曜』は水樹奈々釘宮理恵の主演が謎ノスタルジーを刺激して好きすぎるので、途中で止めたりしています。

 

 古川博之監督は『おくさまが生徒会長!』『魔装学園H×H』『はじめてのギャル』と大変なアニメばかり背負っています。突然妹が月光蝶を放出するEDが好きです。書いてる最中に『メルヘン・メドヘン』の修正版が来たことに気付いたのですが、直すなよと思いました。目の前に厳然と散らばっている瓦礫を凝視してそのまま肯定する以外にアニメを観る意味などあるのかと思うのですが、むしろアニメに意味を求めるほうが狂気と接していることにも気付いています。

 

 キッチュな美と欲望と哄笑がここまで洗練されると何も言うことがなく、 何度のうコメベビプリを再生すれば気が済むのか、本当は稲垣監督の作品だけで自分はほぼ完全に満足しており、他の作品は「だらしなく観てしまった」という事実をとにかく白状しなければ気が済まない、という罪悪感から無駄口を叩いているだけです。ちおちゃんがトイレの窓からケツを突き出すところが本当に好きです。

 

 元永慶太郎、柿原優子、GONZOの三位一体が奇跡を生んでおり、静寂をもって受け止めました。本当に楽しいアニメにはいかなる説明も概念も適用したくない、オタ特有の秘教化の傾向は自らも避けがたく、嫌味なキチガイにはならないよう、内的体験の権威を償う方法だけは探している最中です。

 

 プライムビデオのリンクはうまく表示されないので『ドメスティックな彼女』ですが、アニメでベタに昼ドラをやってるだけなのがめちゃくちゃ楽しく、義姉の女教師が主人公を押し倒して挑発したのち不倫相手の名前を呟きながらオナニーする様を見せびらかしたところで「この日笠陽子に食われたい!!!!!!」と興奮したのに、後半で実は主人公のほうが好きだったことが判明、近親セックスバレからの懲戒処分で失踪して悲恋と慕情の浪花節にヌルくまとめやがったので激怒しました。

 

 人に教えてもらいました。原作に対する愛の無さと投げやりな下品さが振り切れすぎていて驚愕しました。DLE元請のショートアニメは『這いよる! ニャルアニ』だけでいいかなと舐めていました。『おとなの防具屋さん』とか東山奈央氏のエロさで小気味良くまとめた良質小品を観ている場合ではなかったです。

 

  『瓶詰妖精』ファンなので観ましたが、敗北しました。瓶詰め水瀬いのりは意外と出番がなかったです。追崎史敏監督のピュアネスというよりはソシャゲ原作の制約が大変なのだろうと思わされるのっぺりしたロードムービー風で、『グリムノーツ』は村人が全員本を持っている絵面が不思議すぎて面白かったり、『マナリアフレンズ』はあまりにOVA的に閉じたファンムービーをリッチな絵面で押し通すサイゲパワーにビビったり、『千銃士』や『ダメプリ』はジャンクな乙女快楽に『ミラクル☆トレイン』『ネオアンジェリーク Abyss』ファンの血が滾ったりもしましたが、追いきれません。

 

 宇宙で魚を獲っちゃうぞ、という話でしたが、尾道なのに大林宣彦的な魔術感がない尾道なので、敗北しました。美少女キャラだけチューニングしてるのに、メカと守護神のセンスが90年代ですごいです。おっさんジャンクなポリティカルフィクションが力技すぎてドキドキし、広井王子氏も大変なのでしょうが、高橋花林氏はとても良かったです。

 

 Steam海外勢は今なお純真なエロゲ享楽を生きているという事実を突きつけてくる『ネコぱら』さんです。エロゲ原作OVAとは人類の還るべき場所であり、アニメの作画やデザインに進化論的な価値基準を持ち込みがちな主体の愚を殺害してくれます。

  『ISUCA』の獣耳キャラが四つん這いになって地べたの餌皿から飯を犬食いしているシーンで爆笑した記憶があるのですが、本作の世界観もそういう方向でハラハラさせる部分があり、原作はどうなっているのか気になることしきり、『世話やきキツネの仙狐さん』ではなく『我が家のお稲荷さま。』の2期を未だに待ち続けています。

 

 「ありすorありす」というのは「はいかイエスで答えてください」みたいなことなのでしょうか*2

 

 最近はだいぶデレステも消尽してプレイ時間は減ったのですが、背後に前提された魂を十全に共有した上で純粋精製のダダ甘ファンムービーを鑑賞すると、あまりにもだらしない安楽なメディアミックス環境に乗せられている自己嫌悪で絶叫したくなり、濃密な責め苦として再生しています。

 

  あの時自分はデレステではなく(♪)を選ぶべきだったのではないか、という罪悪感は付き纏いますが、『ときめきアイドル』はコナミフェティッシュが足りず辞め、『青空アンダーガールズ』も一度爆笑してすぐ触れず、せめてゲームの肉質がアニメでぐずぐずに融解するメディアミックス的身体のひどい連続性を見届けることに倫理を見たいわけです。

 

 どうにもアイドルは殺せないし、殺した先に本当の現実があるわけではないけれど、過剰な救済に対する殺意だけは醸成したい。ここ最近のそういう絶望を、無様なまま直截に代弁してくれたのが『カリギュラ』でした。

  『SSSS.GRIDMAN』が勇者ロボや円谷プロほかジャンクなパロディ連発の躁的オタクはしゃぎ芸を幻想的な学園パートとリッチな作画で職人的に糊塗した直後、あまりに投げやりな実写ラストカットで「どないやエヴァやろ!!!!!!!」と予定調和な虚実混交オタ自意識ツンツンお祭りやってたのとは対照的に、アイドルに支配された仮想世界の住人が楽園の背徳者(!!)を名乗り、「理想(きみ)を壊して、現実(じごく)へ帰る――。」とひたすらダサく不貞腐れ、低体温気味の憂鬱な暗めのルック、ギクシャクして不器用なエピソードの繋げ方と相俟って、セクシュアリティまで管理社会に回収されるようなオタ実存の不安すら掬い上げてくれる、「射程の広い誠実な愚直さ」に感動した一作でした。

 最近『ビューティフルドリーマー』も観ましたが、虚構と現実の概念区分では何も問えない状況を確認しました。『この中に1人、妹がいる!』の同人誌に「ビューティフルシュークリーマー」という本があって、よかったです。

 

 敗北しました。『魔弾の王と戦姫』的な美少女戦記物を異世界転生でやり直し、衒いなき男の子ぶりがかえって愛らしい一作でしたが、プリミティブな絵面は『星刻の竜騎士』に近いかもしれません。「MOST以上の"MOSTEST"」を久々に再生したらやっぱりすごかったです。

 アニメについて何か書こうと思ってもゴミのようなことしか書けないのが本当につらく、そうこうするうちポップカルチャーに対する当事者性もセクシュアリティの切実さも加齢とともに薄らいで、もはや思春期の頃の過剰性は蘇らないと分かってなお、避けがたい雑駁中年オタ化には抵抗しているわけですが、個体のフェティッシュを頑迷に固守して理論や分析を拒絶すること*3の責任だけは、自分なりに取り続けたいと考えています。

 

 「一人称カメラ」だと思ったら「視点人物が写らないアングルを総動員して美少女の肉体を変な角度で接写し続ける融通無碍なカメラ」だったことにビビり狂う清涼ショートポルノです。

 アイキャッチ手前で突然カメラが通りすがりの女の子モブの視点に切り替わってイケメンが語りかけてくる『サンリオ男子』は、「おれって女の子だったの!!???」という「文脈を殺して唐突に視線と視聴者を同一化させる」芸の暴力がとても強いのですが、こちらは反対に「主人公=あなたとお品書きレベルで同一性が前提されたカメラをありえないポジションに分裂させまくって主体を殺す」芸の暴力が極まっています。

 なにがバーチャルアニメだよと思うのですが、VRエロゲでもストーリーモードを進めるとカメラが勝手に三人称視点に切り替わってメイドさんかまいたちの夜がセックスする様子を蚊帳の外から眺める幽霊にされてしまうので、ポルノと物語は両立しません。ポルノとして機能しないポルノを凝視して哄笑するバタイユ的実存で最近は生きています。

 

 こちらは純粋なPOV視点のポルノなので、『セラフィムコール』の「マーガリン危機一髪」とかを思い出すので本当にやめてほしいのですが、なぜYouTubeに上がっているのでしょうか。しかもシークバーがあるので再生せずともカーソルを動かすだけでやってることが一瞬でわかる地獄です。望月智充監督に昔インタビューしましたが、特に悪意とかの意図はなかったと仰っていました*4。オタへの嫌味は先人がやり尽くしているので、あとはどこまで内在的に狂気と快楽の荒野を走れるかだけが問題です。自分は嫌な顔ではなく聖女のような笑顔で凍結したメイドさんの大群にパンツを見せてもらうのが好きです。