まほらば~Heartful days

 木村真一郎監督作品といえば『ちっちゃな雪使いシュガー』(2001)を真っ先に挙げねばとは思いつ、『HAND MAID メイ』(00)、『G-onらいだーす』(02)、『かりん』(05)、『つよきす Cool×Sweet』(06)、『Venus Versus Virus』(07)、『ファイト一発! 充電ちゃん!!』(09)のラインで感性を滋養された人間としては、『まぶらほ』(03)とタイトルの似た『まほらば』(05)をこそ拾っておきたかった次第です。

 混同しがちな『まぶらほ』の飛び具合とは反対に、『めぞん一刻』ベースの仕立てに解離性同一性障害を盛った難病大家さん下宿ラブコメを、当時ひときわ粒立ったラインナップのJ.C.STAFFが丁寧に拾い上げ、原作者の方が病気がちなせいもあるのか、否定しがたいぺたーっとした平板さの中に、馬鹿にできない強靭なピュアネスをも感じさせる一作でした。

  『まぶらほ』に続いて若き日の長井龍雪氏が監督補佐と各話演出で整理しきっているのはもちろん、初キャラデザの藤井昌宏氏はじめ、OP原画では竹内哲也氏、新井淳氏、橘秀樹氏が程よく尖り、ウィスパーで聴き心地が良すぎるbiceの劇伴も乗っかれば、地味な旨味のあふれる人材がピュアな素材を綺麗に統御しまくって、牧歌的な中にも今に繋がる技巧がほの見え古臭すぎず、といって新味もないがゆえ、2019年時点では異様にのっぺりした平凡さと見えてしまう按配が難しく思われました。

 とはいえ、京アニやシャフトがデザイン・演出面での基本要求ラインを変化させてゆく深夜アニメのメインストリームが形成され始める直前だった2005年頃*1、保守ライン美少女アニメ爛熟期の豊穣なる一果実と位置付けたい気持ちは強く、なによりスターチャイルド大月座組のカタい声優陣の中で一人五役と立ち回る新井里美氏こそ生唾もので、変身時のキワい演技と綱渡りで距離を取った大家さんの危うい柔和さが色気たっぷり、巧緻な助演よかベタなメインヒロインをたらふく聴きたく思われます。

  『とある科学の超電磁砲』(09)の黒子でやられた知人が新井里美出演作を全部観たらしいのですが、個人的には『二十面相の娘』(08)と『ネットゴーストPIPOPA』(08)が最高で、ルギアでオナニーする方のセクシュアリティが政治化される時代ですから、後者の豊崎愛生*2でオナニーしていた過去もよくあるヌルい案件として語ってよい気がしています。

 

 まほらばの話に戻ると、弛緩した糸目のわりに口強い情念レズという作劇上じわじわとノイジーな役柄をノイジーに演じきる堀江由衣氏は、古今変わらぬ女神感の中では比較的やや尖った配役と思われ、白石涼子新井里美の柔和すぎる夫婦感にベタな半畳があまりに手堅い浅野真澄と来れば声優アニメ的には役満、その円満ぶりを掻き回すのに必要とは判断されつ、もっと素直に新井里美の快楽に耽溺したかったというのが本音ですが、他のキムシン作品のせいで舌が痺れているかもしれません。

  それこそ堀江由衣の原体験は小学生当時になぜかはまった『魔探偵ロキRAGNAROK』(03)で、わたなべひろし監督率いるスタジオディーンのへちょい耽美テイストへの偏愛も身体に染み付いているらしく、『王ドロボウJING』(02)や『D・N・ANGEL』(03)あたりも好んで観ていた憶えがあります。

 ジャンプほかのメジャー少年誌・青年誌を素通りし、ドラクエ4コマ経由でガンガンとコミックブレイドでぼんやり過ごしてしまった幼年期は苦く振り返られ、まほらばもその圏域の核心にあると思われる、エニックス-マッグガーデン系列月刊誌作品に特有の「少年/少女マンガと容易に同定できない中性的かつ微温的な幼児性」に対しては、一度真面目に向き合わないといけない気がしています。

  『テヅカ・イズ・デッド』の枕に「批評言説におけるガンガン作品の黙殺ぶり」が語られていたのは印象的で、最新のマンガ研究を追えてないので分かりませんが、今も昔もダサすぎて尤もらしい言説化がしづらい領域のひとつとは判断され、それこそ連載初期に使用して未だに続いているらしい『ながされて藍蘭島』が今どうなっているのか想像するだに恐ろしく、「恋する天気図」のほっちゃんに法悦の涙を流さないではいられません。

 未だ00年代を消化しきれていない顔面蒼白オタクゾンビ、と自嘲しすぎるのも良し悪しで、長すぎる人生をやり過ごすには、恥の歴史の微細な記憶を辿り直すのが一番ではないかと考えています。

 

「日が落ちる。休暇は終わる。私は一秒の歴史を語るのに一日かかる。一分の歴史を語るのに一年かかる。一時間の歴史を語るのに一生かかる。一日の歴史を語るとなれば永遠に続く時間が必要になる。何でもできる。自分がしていることの歴史を語れと言われたら話は別だけど。私は起承転結が整った物語として歴史を語るようなことはしたくない。私が語る歴史はどれも始まり以外は絶対に見えないけど、それはまず第一に、あらゆる歴史が範囲を定められているとはかぎらず、あらゆる歴史は無限に続く歴史の中に織り込まれているからであり、第二に、私が語る歴史の体制では、あらゆる歴史がそれ自体として無限だから。とりあげる時間がどれほど短くても、その歴史を語るとなれば私には永遠に続く時間が必要になる。とりあげる出来事がどれほど小さくても、その歴史を語るとなれば私には無限が必要になる。…」(P287)

クリオ: 歴史と異教的魂の対話 (須賀敦子の本棚 池澤夏樹=監修)

クリオ: 歴史と異教的魂の対話 (須賀敦子の本棚 池澤夏樹=監修)

 

*1:ぱにぽにだっしゅ!』の前番組

*2:

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歌う時は高垣彩陽氏になる、ぽてまよに次ぐ完璧な生物